2023/12/15 13:33
お知らせ
歴史は途切れることなく

◆「志筑小学校ができてから今までの150年間をこの紙テープで表すと、あなたがたが生まれたのはこのあたりですね…」12月15日、校長が2年生を対象に「志筑小学校のあゆみ」についての授業を行いました。

◆体育館の「育徳養才」の書(山縣有朋による)が贈られたのは130年くらい前のこと。校歌ができ(96年前)、今の志筑小学校としてスタートし(76年前)、「日新日進」の石碑ができ(65年前)、給食が始まり(56年前)、新校舎が建ち(8年前=ちょうど2年生の子たちが生まれたころ)…。150年の間の様々なエピソードを紙テープの下に記していきました。

◆いろいろな写真で志筑小学校や校区の移り変わりを確かめる中で、子どもたちは二つの大きなできごとに気づきました。一つは戦争、もう一つは阪神・淡路大震災です。学校も、志筑の街も、長い歴史の中で幾多の困難を乗り越えてきたことでしょう。

◆小学校ができる前にも、寺子屋や私塾といった学びの場がありました。歴史は古くから途切れることなく現在へ、そして未来へとつながっています。これからも変わり続ける社会を生きていく子どもたちが、今の学びを生かして豊かな未来を築いていくよう願うばかりです。

 

※12月12日(火)、PTA教宣委員会。『あゆみ』277号発行のご準備、お世話になりました。

 

体育館の額。山縣有朋(やまがたありとも)は第3代・第9代内閣総理大臣を務めました。
学校の最も古いアルバムより。明治末期もしくは大正初期のころのものと考えられます。
この校歌は、児童数の推移とともに「九百」「八百」「六百」と歌われてきました。
昭和31年(1956年)撮影。となりは当時の志筑中学校です。
昭和44年(1969年)撮影。大阪万国博覧会はこの翌年です。
新校舎の建設工事。平成27年(2015年)撮影。
今はこんな風景になりました。